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本当の自分
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    おはようございます。
    UMMOです。

    毎日、嫌な仕事に行って、毎日、なんか違うな!って思って暮らしている。
    これが、正直なところの自分の気持ちです。

    これについて、「でも・・・」
    「でも、このまま何も無かったかのように、暮らしていればそんな大変な事は起こらないだろう!」
    という思考が働きます。

    次に、
    「だって・・・」
    「だって、私より不幸でストレスフルな人はいっぱいいるし、そんな人だって俺より頑張って楽しそうに生きているじゃないか!」

    そして、
    「だから・・・」
    現状を維持すればいいんだ。

    と、「でも」「だって」「だから」というサイクルを続けて、数十年!

    その一方で、UMMOとしての生き方。
    この世は「無」で、「自作自演の茶番劇だ!」
    「私が見ているこの世界はは、変えられないカルマによる幻想に過ぎない!」
    「全て決まっていて、自分でできる事は何もない!」

    という確信のようなものもある訳です。

    この矛盾した、2つの思考が行ったり来たりして、なんとか生きています。

    さて、どちらが私にとっての「本当の自分」でしょう。。。

    こんな事を考えていたら、過去の友人の事が思い出されました。

    1人は、小学生の時に転校してきた、Y君。
    私が、信じられないようなイジメに遭っていた時に、荒れ果てた学校に転校してきたこの方は、僕に相対的なものを教えてくれました。

    Y君は、僕よりもっと不幸に見えました。
    なんと、片親で、いつも親は不在、精神障害とされていて、お姉さんに面倒を見て貰っている状態。
    それと、僕よりもすっとずっと激しいイジメを受けている。

    「この人に比べれば、僕なんて全然裕福だし、人格も上、生活も僕の方がマシだし、幸せだ!」と思いました。
    そのY君とは、未だにお付き合いをさせて頂いているのですが、僕はこのお方を「人生の師匠」だと思っています。

    Y君の名言
    彼女の居ないY君は、給料の殆どを給料日にキャバクラで殆ど使ってしまうのですが・・・
    僕が「お前は馬鹿か!?毎回給料日に電話掛かって来て、そもそも彼女だと言われて、その女の子は他にも沢山の人に自分はあなたの彼女だと言っている!騙されているじゃないか!」と言うと・・・

    「この世には男と女しかいない、だから困っている。それ以上のものが無いから困っているんだよな!」
    と言いました。

    それが20代の時で、何度かのリストラを経験したY君は、現在、その日暮らし的な仕事をしながら、
    忙しすぎて、月に数度しか会えない看護婦さんの彼女と結婚、下町のマンションを購入して、拾って来た数十匹の猫と暮らしている。

    一般的には、羨ましくもなんともない生活をしているのだが、今の僕の視点から見ると、それでも僕より幸せそうに見える。

    もう一人というか、複数の友人関係

    これは、ゲーム業界に入る前に出会った世界で最初のゲームクリエイター養成学校の生徒の親友達。

    任天堂を初めとする、ゲーム黎明期を支えたメンバーだ。
    その大半の人が、今はもう、ゲーム業界には居ない。

    ゲームを一本作るのには大体1年から2年掛かる。

    そのプログラムの行数、数十万〜数百万行・・・
    もう、30歳には、疲労困憊して殆どの人が「引退」する業界だ。

    因みに、小学校、中学校の同級生で、システム系の会社に入社、東大を卒業後、データベースを開発してリリース日の翌日に20代で過労死している。
    僕はこの日から、IT業界を全てブラック企業だと思っている。

    話は戻るが、ゲームクリエイター養成学校で出会った人の共通点。

    そこそこのゲームを世に送り出した人の大半は、全然違う業種に転職している。

    一人はバスの運転手、もう一人は空手選手、もう一人は会社の一階にいたコンビニの店員さんと結婚してなんとなくサラリーマン。
    一番特徴的な人は、任天堂から、劇的な出会いを経て、年上の女性と世界を旅して未だに戻って来ないO君・・・

    クリエイティブな世界に一旦身を置くと、誰もが経験するのかも知れない。
    一種のトランス状態だ。

    僕も、プログラムを書いていた時、記憶が無くなって、何もした記憶がないにも関わらず、いつの間にか完成していた記憶がある。
    その間は、自己喪失の体験だった筈だ。

    その後、燃え尽き症候群的な症状があり、実家に帰省。
    助けに来てくれたのは、今年亡くなったあの方だ。。。

    その後、余生だと思って、一番安定していると思われる大企業に呼ばれなんとか生計を立てているが、僕はこの事を振り返ってこれが、「色即是空」だと思っている。

    決して、「わからない」のが人生だということ。
    「わかったら」それは、人生ではないということ。

    そして、「わかった」というのは、全て思い込みで、存在していないどころか、実在ではないということ。

    つまり何が言いたいかというと、「決してわからない」がゴールなのです!

    なので、私達は、何処かに本当の自分というものがあって、それが自分の欲求が満たされたり、達成された時に本当の自分に辿り着けると思っている。

    ・・・が、既に「ゴールに辿り着いている」という事で、今の「これ」がゴールであり、「これしか存在し得ない実在」であるということ。

    この「実在」を見えなくしているのが、「今の自分じゃ駄目だ!」という思い込みにある。。。

    【結論】

    「実在」とは、全てを包括するエネルギーである。
    この「実在」は、決してわからない存在であるが、「わからないまま」にしておくと勝手に答えをくれる’ひかり’だということ。

    既に自分はゴールに辿り着いている事を私たちは知らない、だから一角の人間として認知されようと必死になっている。
    これは、自分が「愛」そのものだという事に気づかないように、自らがリクエストしているエゴの策略なんだ。

    ちょっと私のストーリーからの話になってしまいましたが、今を時めく「ユーチューバー」を見ていて、
    あの時の、人気ナンバーワン職種であった「ゲームクリエイター」と、今の「ユーチューバー」はよく似ている。

    なので、なんとなく振り返ってみたくなりました。

    皆さんが、何かに迷った時、その迷いに立ち向かうのではなくて、自分の人生を愛にお任せしてみてください。
    その愛の扉は「わからない」という実在に対しての問いかけであり、「わかりたい」と願うだけで良いのです。

    ありがとうございます。

    posted by: ummo星人 | - | 08:32 | comments(0) | - |
    ’ひかり’=心しかない
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      こんにちは!
      UMMOです。

      様々な記事をこれまで、書いて来ましたが、BLOGを読んで頂いても尚、ご鑑定の依頼が来るということの理由として、「・・・で、どうしたらいいのですか!?」という疑問から生じたものである事が解っています。

      自分の体験談や、私の場合はこうだったから、こうすればいいのではないですか!?というお話は幾らでも出来ますが、そもそもの課題や、お悩みの解決方法は、それぞれの環境や、視点によって異なって来ると思います。

      悩みや問題が発生する仕組みの根幹は、この世が「恐れ(自我)」からの視点でしか観れないようになっているという事だと思います。

      自分を高めなきゃ、あの人に比べて私は・・・と、私たちは一日中「何か」をジャッジしています。
      外を見て、評価、論評をするのも、自分をそこと照らし合わせて、評価、論評して、ハッピーだとか、ツイてないとかやっていますよね?

      これこそが、悩みの原因であり、苦しみのシステムなのですが、そこから抜け出したくて、様々な情報を集めたり、学習、勉強、体験を重ねていっても、相変わらずゴールが見えず、納得のいく結果も出ないで「・・・で、どうしたらいいのですか!?」が、ずっと続いていると思います。

      その原因は、思考の根幹にあるものが、「恐れ」だからなのです。
      この「恐れ」から出たエネルギーから行動している以上、このサイクルはずっと続いてしまいます。

      「恐れ」を手放した時に、初めて「悦び」からのエネルギーをキャッチできるようになり、「悦び」から出たエネルギーから行動した結果には、疑問が生じません。

      本来は、’ひかり’=心しかない世界の中で、わざわざ「恐れ」という暗闇を作って、そこに向かって努力しようとするから、迷いが生じている訳で、「・・・で、どうしたらいい!?」という思考が出てきたら、それは「恐れ」から出たエネルギーから行動した迷いだという事に気づき、※手放してみてください。

      ※自分の行動のポインターを「悦び」から出ているエネルギーに合わせることです。

      すると、これまで「恐れ」から出たエネルギーで人生を設計して、生き、無駄な努力(幸せに繋がらない努力)を重ねて来た事に愕然とするでしょう。
      殆どの自我は、恐れを基盤に行動をしているからなのです。

      「自我=恐れ」と言い換えても寸分、違わないと思います。
      是非、恐れから来るエネルギーに対しては、反応せず、悦びからくるエネルギーに対してだけ反応してみてください。

      それでも、自我は、巧みに「恐れ」を永遠に創り出しますが、騙されてはいけません、それが起きていない妄想だからです。
      創造力豊かな人ほど、数多くの恐れを創り出しますので、そういう人は、ちょっと鈍感になった方が良い。

      そもそも、’ひかり’しかない世界に、闇である、恐れは「存在していません」
      全ての不安は、これまで、学習した思い込みであるところの「自我」が創り上げた、「恐れ」のねつ造なのですよ!

      悦びは、’ひかり’そのものであり、本来の実在は、’ひかり’=心しか存在していませんので。

      よろしくお願いします。

      ありがとうございます。
       

      posted by: ummo星人 | - | 15:36 | comments(4) | - |
      空に触れてしまえは、あとは言葉遊び
      0

        こんにちは!
        UMMOです。

        最近、阿部敏郎さんのブログから、NIKE瞑想をやっているのですが、
        その日によって、自分のコンディションが全然違うのに気づきます。

        思考が止まらない日もあれば、瞑想に入っていけないで、逆にイライラする事もある。
        常に冷静に淡白になんて、無理なんだなぁとつくづく思う次第です。

        個人が、自分の思考を操ろうとすること自体に無理があるのだと思います。
        嫌な気分を紛らわせたり、他の事を考えて思考を変える事は簡単でも、瞑想から思考を放っておくというのは結構その日の体調や状況に飲み込まれてしまって、なかなか思うように瞑想できないものです。

        タイトルの通り、一旦※禅定(ぜんじょう)に入ってしまえば、この思考がただの言葉遊びでどうでもいい感じになるし、実際それこそが真実だと確信するのですが、毎日瞑想したとしても、禅定に入れたのは、月に1,2度あれば、良い方だなぁと感じています。

        ※思いを静め、心を明らかにして真正の理を悟るための修行法。精神を集中し、三昧(さんまい)に入り、寂静の心境に達すること。

        それで、ああ!って気づいたのですが、この禅定って、男女関係に似てる!

        最初は、言葉の世界で始まる恋愛と同じで、情報から入ったり、想像から入るじゃないですか!
        それが、関係が深くなっていくと、もう会話も無くなっていきますよね。
        これだ、これ。

        お互いが信頼して、もうこれ以上ないな!って思うと会話が無くても何を考えているか?解る。
        空の次元って、繋がっているから、深く瞑想に入っていくと、物凄い洞察が勝手に働きますよね?

        空の次元に入ると、もうあとは暇つぶしみたいなもので、よく会話が無くなったカップルなんかを見てみると、想像とか新しいトキメキなんかが薄くなるから、なんか相手を観なくなってきます。

        無理矢理、ネタを持ってきて会話を成立させようとする人も居れば、ただ安心して寛いでいる人もいる。
        だから、探求の中に居る人は、空にあえて触れようとしないのかもしれません。

        好奇心や探求、比較は全部、ファンタジーで面白いものだから、止めたくないってのが潜在意識で起きているように思うのです。
        そうか!皆、悟りたくないんだ!って、、、

        恋愛と全く一緒で、お互いに駆け引きとか、サプライズがある内は面白いですよね。
        スピリチュアルがファンタジー(恋愛)の世界だとすると、禅は「愛」の世界!

        って勝手にまた解釈している自分がいるのです。

        ありがとうございます。

        posted by: ummo星人 | - | 13:45 | comments(0) | - |
        ただ平穏に暮らしたいだけなのに・・・
        0

          こんにちは!
          UMMOです。

          経済の混乱と共に、次々の実態が明らかになっています。
          この事を単純に表すとたった3行で解説できます。

          1.ただ平穏に暮らしたいだけ(目的)
          2.ただ平穏に暮らすにはどうしたらいいか?(手段)
          3.ただ平穏に暮らすには人より抜きに出て、争い打ち勝つ事だ!(役割)

          という事で、目的を達成しようと必死になればなるほど、目的が手段となりその役割に埋没して、混乱となります。
          その混乱は、誤った正義と正義の競争であり、争いです。

          こんな単純な事に気づかず、私たちは、どこまでいっても「ただ平穏に暮らしたいだけ」という目的を忘れ、手段を模索して、役割と同化して、混乱を繰り返しています。

          いつの間にか、「役割」に埋没して、平穏から遠ざかって、自分を完全に見失っちゃっている訳です。
          「役割」を演じているうちに、自分ではない自分に成り切って、他者を批判するという分離の現実に苦しんでいる。

          おかしくならないほうが、おかしい!
          ・・・で、お酒や、快楽に溺れていくのは、昨今のメディアを見てみれば、明らかです。

          自分が「役割」に同化して、どうかしているのに気が付いてない事にさえ、気が付いていない。
          疑問さえ持たずに、これまでした事を「自分」のステータスとして、後生大事にしているもんだから、他者に対してその価値観をおしつけちゃう!「どーしてわかんないの?」って。。。

          【UMMOの結論】

          それらもひっくるめて、戦わないで「そうかもしれない!」って相槌を打ってみましょう。
          考えなくていいです、その人にとっての正義を批判しないで、「そうかもしれない!」って。

          自分を高めたり、多くの人に自分をプレゼンテーションするのを止めた時に見えて来る世界があります。

          「自己の発見」です。

          この表現は、二元の表現ですので、賛否両論はあるのですが、とりあえず二元の現実に生きている社会においては、「そうかもしれない!」でいい。

          非二元の本当の意味での現実は、そもそも、存在していない自己は発見できないので、自己は永遠に発見できません。。。
          もっと言えば、二元の現実に於いても、実際に他者の頭の中にあなたはいません!それどころか、興味さえなく、自分に都合の良く認識された、あなたという誤ったイメージがあるだけで、本来のあなたとは全く関係のない想像があるだけなのです。

          もし、今「もういいや!」って、この世界から降りたい!って思うのなら、非二元の自己の不在を最初に見抜いた方が楽になれますが、思いっきり、比較対象のある二元の現実を生きる、私達の日常は、「そうかもしれない!」で乗り切れると思います。

          私は、厳しい言葉が好きではありませんし、実際そうやって、自己を高めていくのが逆に苦しみを生むと思っています。
          自分で、自分を評価するのは、辞めた方が良い。
          また、他者に対してもあーだこうだと、評価を下すのも辞めた方がいい。

          それは、いつも、争いの入口となるからです。

          ありがとうございます。

          posted by: ummo星人 | - | 12:21 | comments(0) | - |
          何度も言うよ!
          0

            こんばんは!
            UMMOです。

            【諸行無常】
            この世に移り変わらないものはなく、たった一つのエネルギーが分離の錯覚を繰り返しているように見えるが、実際には何一つ存在していない、幻想です。

            今は、解らなくていいです。
            心の片隅にでも、憶えておくと良いかも知れません。

            【頭のなかのお喋り】
            私達の思考は、留まる事を知らず、勝手に湧いてきています。
            これは、自分で止めよとしても止まらず、放っておくしかない。
            実際に起きている事とは関係なく、それを現実だと思い込んでいるのが「私」という幻想です。

            これも、
            今は、解らなくていいです。
            心の片隅にでも、憶えておくと良いかも知れません。

            【ハプニング】
            一瞥体験(覚醒体験・自己喪失)とは、いつも起きているけど、それに気づいていません。
            思考は、勝手にやって来るのですが、これを自分だと錯覚しているので、「でも」という思考が湧いて来ます。
            然し、これを放っておくと、思考が止まる事があります、ほんの一瞬です。
            それは、ハプニングとして、自分が消えた時に訪れます。

            【静寂】
            思考が消えている時、自分がいない事に気づきます。
            然し、そこには「意識」だけが残ります。
            これを「至福」「祝福」とか、「愛」とか言いたくなるような感覚に包まれます。

            【悟り】
            自分の不在を知るとき、これまでの出来事はただの「幻想」だった事に気づきます。
            この意識は、人類の全てを包括するものである事が解ります。

            【分離】
            自己の不在を見抜いた時、「私」と「あなた」という境界線がなくなってしまいます。
            私は、この視点で、「あなた」にアクセスします。

            これらの事は、全て今は、解らなくていいです。
            心の片隅にでも、憶えておくと良いかも知れません。

            役割に埋没した人生から、主体と客体のない世界への入口を「愛」という事にしましょう。
            UMMOは、いつも「あなた」という分離を弱める発信をしたいと考えます。

            ありがとうございます。

            posted by: ummo星人 | - | 23:37 | comments(8) | - |