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結局は愛しかないようですね
0

    どんな偉大なチカラでも敵わないのは矢張り愛のチカラのようです。

    ここで、愛についていくら語っても実相を伝えることは難しいですが、
    一度、人を愛した人は知っています。

    愛を知れば何もかもが変わる、それまで色褪せて見えた街も、みすぼらしい部屋も、ちっぽけな自分も、全てが変わる、輝き出す、それが愛、生きる真実である事に。

    努力でも結果でも成果でもない、本当の悦びがそこにあるのです。

    「であい」で始まり「であい」で終わる。

    で・・・出会うこと
    あ・・・愛すること
    い・・・労わること

    僕は、愛と欲は西と東程違うって前のBLOGにも書いていたけれど、
    最近まで、三大欲求を満たしてくれる人が愛する人だと勘違いしていたんです。

    1.睡眠
    2.食
    3.性欲

    を満たしてくれる人=運命の人

    でも、実はやっぱり全然違うんです。

    「性欲が完全に満たされる=愛せる」ってろくでなしの人の考え方なんですね。

    愛って、存在自体を愛しているのであって「行為」を愛しているのとは
    チガウんですね。

    どんなに努力しても、悲しいかな愛せない人は愛せないんです。

    三大欲求の定義がおかしいのか、性欲と愛を混同してはいけません。
    恋のうちは解らないようになっているんです。
    騙されてはいけませんよ。

    出会って熱病のように心臓がドキドキして、眩暈がするような人と出会っても、
    日を重ねる毎に、愛せなくなっていくのは、愛ではない。

    愛は、実際に存在するものなので、なくなるとハッキリ解るんです。

    そこでもがき苦しんでも手遅れです。
    性欲と愛は最初から切り離して考えた方がいい。

    女性は、なんとなくその辺に気がついているようなんです。
    男性は、全然気がついてない人が多い。

    私もかつてそうでした・・・

    存在自体を愛せるっていうのはポイントで、
    行為を評価できるのとは違う。

    要は努力で人を愛せないって事なんです。
    逆に努力したからって愛されるものではない。

    残念だけどそうなんです。

    【UMMOの禁煙】
    ステータス: 次長補佐
    卒煙日: 2011年 11月 11日(20本-22年)
    卒煙からの日数: 0年 0ヶ月 20日 1時間 53分
    延びた寿命: 1日と12時間48分
    節約できた金額: 8232円(節税分 5308円)
    節煙本数: 401本 40.16m ウルトラマン

    posted by: ummo星人 | | 16:54 | comments(5) | - |
    あらゆる刺激には弱いのです
    0

      人は、あらゆる刺激に弱い生き物です。

      人間の行動は「ショック」から選択されてしまいます。

      最近、任天堂3DSを買いました。

      なるほど、昔のゲームとは大違いで、とてもリアルです。

      この世代に育った子供は、大抵の事では、刺激を感じない事でしょう。

      人が、一生掛かって、体験する刺激を超越してしまっています。

      結果、「何も感じない人」「表情のない人」になってしまうような気がしてます。

      私は、物が溢れかえって、何でもお金で買えるような刺激に危機感、恐怖感を感じます。

      少しの変化に、感動できる位が丁度良い。

      もっともっとの刺激を求めていたら、本当の事に気付かない気がしています。

      本当の愛は、刺激とは西と東程の違いがあります。

      感情が、麻痺してしまうのです。

      慈悲の心が、無くなってしまう恐怖です。

      損得勘定で生きても良いと思いますが、そこに愛がなくては、不幸だと思います。

      美しいものを見て、感動したり、人の優しさに涙したり、

      それが人間なのではないでしょうか?

      感情を押し殺して、生きていくのが「大人」

      我慢して、努力して、もっとを求めるのが「大人」

      ???

      あまりにも悲しい現実です。

      刺激は、程々が丁度良い。

      刺激があったら、本来のニュートラルに戻れる自分でありたい。

      自分は自分の価値観で物事を決める。

      人と比べ合って、どっちが幸せだとか競わない、比べない、争わない!

      それが、幸せへのキーワードだと思います。

      人を愛するという事は、魂と向き合い、心を当てること。

      共感して、同じ景色に感動できることが、男女の愛ではないでしょうか?

      刺激を求め続ける人生は、愛から遠ざかる結果になるのは?

      と思っています。

      posted by: ummo星人 | | 23:00 | comments(0) | - |
      苦労しない生き方
      0

         苦労は、8つあります。

        「生」(しょう) 生まれること
        「老」(ろ う) 老いてゆくこと
        「病」(びょう) 病気になること
        「死」( し ) 死ぬこと

        「愛別離苦」(あいべつりく) 愛しあうものが別れなければならない苦しみ
        「怨憎会苦」(おんぞうえく) 憎しむものと会わなければならない苦しみ
        「求不得苦」(ぐふとっく) 欲しいものが得られない 願うことがかなわない苦しみ
        「五陰盛苦」(ごおんじょうく) 人間の存在自体から発する苦しみ

        これを「四苦八苦」と呼びます。
        そして煩悩は、
        4×9(四苦)+8×9(八苦)=108 
        となります。

        これらの苦労は、人生どう生きても避けては通れない苦労です。
        どれも避けては通れないという事です。
        1度は必ず、通る苦労となっています。

        故・小林正観さんは、これらの苦労は「思い」から発せられるものであり、
        「思いを持たなければ」苦労はないと悟っていました。
        むしろ、困難が来たら「ラッキーだ!」と思うと現象はプラスに働くとも
        言っていました。

        話を戻して、苦労は「9」です。
        人生を「修行」と捉えるのであれば、これらの苦労は「修行」であり、
        仕方のない事だ、と諦める事ができるかも知れません。

        しかし、私の考え方はちょと違います。
        苦労や死(終わり)を数字で表すと「9」になります。

        自分が「苦」とか「終わり」と認識するものを「苦・・・9」とします。

        そこに「7」を加えます。
        「7」は「愛」です。

        すると、9+7=16

        1+6=7となり、全ての苦労は「愛」に変わってしまいます。

        例えば、
        「愛別離苦」(あいべつりく) 愛しあうものが別れなければならない苦しみ
        も、避けては通れませんが、
        そこに「愛」をプラスすると、更に「愛」がもう一つ増える事になります。

        「愛」とは「好意による行為」ですので、
        どんな苦難や悲しい出来事が起きても「好意による行為」を続ければ、
        「好意による行為」が倍になって返ってきます。

        気持ちさえ切り替えれば、どんな困難も悲しさ、切なさも、
        「好意による行為」に埋め尽くされていくのです。

        四苦八苦に「愛」をプラスしてみましょう。
        「好意による行為に満ち溢れる世界」は、とても素晴らしいものですよ。

        どんな困難も愛に変わってしまうものなのです。

        posted by: ummo星人 | | 16:00 | comments(0) | - |
        魂の伝言
        0


          今日は「愛」の日ですので、
          電車の中から、更新しています。

          人は自分の好きなことをしていれば疲れません。

          人は自分の好きな人と一緒ならどんなことがあっても乗り越えられます。

          好きなことを好きな人とやれればこんなに幸せなことはありません。

          もし、そうであったら、どんな困難や絶望も、むしろ楽しく乗り越えられるでしょう。

          数字の9は、苦労、終わり、絶望を示しています。

          そこに数字の7を足すと16となり、16を分解して、1と6を足すと、矢張り7になります。

          7は、愛を示しています。困難は、愛によって愛に変わる。愛に困難が付き物なのは、その為です。

          「本当に人を愛したことがありますか?」

          その愛が真実だとしたら、苦労を伴っていた筈です。人は本当に人と向き合うと、大変な想いをします。外からも、内からも、嫌な人が現れたり、次々に困難が訪れます。

          ・ある人は、それに疲れて逃げてしまう。
          ・ある人はそれに気づいて、何処までも苦労する。


          どちらが幸せでしょう?

          ・・・

          その答えはいつもあなたの中にあります。

          何処に居ても、何をしていても、私は幸せであると思える人が真の成功者である。

          築くよりも、気づいた人が真の成功者である。

          私たちは、同じ時代を一生懸命生きている。

          その意味は人を愛するということを知るための舞台なのです。

          もう一度聞きます。

          「あなたは、本当に人を愛したことが、ありますか?」


          posted by: ummo星人 | | 20:00 | comments(7) | - |
          一番大切なもの
          0

            いつの時代も語り続けられる事ですが、
            大切なのは「気持ち」です。

            どんな裕福な暮らしをしてみても、
            気持ちの入ってない生活は嫌です。

            長く退屈に感じる文章は、気持ちが入ってない。
            矢張り、体験して初めて「気持ち」が解るんです。

            科学的には酸素、水素の高速移動と、地場なんですけど、
            近くにいて、時計の針がぴったり合ったような人と一緒にいると、
            ストレスは起きない。

            愛かもしれません。

            同じ場所にいると、時計が早く感じたり、遅く感じたりするのは、
            「違うから」なんです。

            若い頃の愛は、時計の針が早く進みます。
            あっという間に終わる。
            故に、早く終わる。

            単純な事です。

            27歳を過ぎたあたりから、この時計の針がぴったり合った感覚が身に付く。
            話している言葉も、酸素の中に体験した信息が入っているから、
            伝わるんです。

            インターネットでも、離れていても同じ文章の中に「気持ち」が入っているのか解るのは、
            非常に速い速度で、信息が空気中を移動しているからなんです。
            酸素分子では、時速1595キロ、水素ではなんと6365キロメートルです。

            出来事をお金や物で解決する世の中です。
            寂しいかな、解る人には解るので、何を与えても与えられても、
            「気持ち」が入っているのか?直ぐに解ります。

            まあ、何を言いたいかというと全てにおいて大切なのは、
            「気持ち」です。

            時計の針が早くても遅くても僕は嫌です、そんなの。
            今、という気持ちが大切。

            「生きてるなぁ」と感じるには、非常に大切な事です。

            クドイようですが、女性は特に気をつけてください。
            女性は、より優れた遺伝子を求める性質がありますので、
            この感覚が麻痺しています。

            大切なのは、「あうんの呼吸」
            男性と女性がミックスされた時に、時計の針がぴったり合った人を選んでください。
            そうすれば、遠回りしなくて今を愉しむ事が出来、結果幸せになります。

            状況、環境、物質的なもので満たされる事は先ずありません。
            比べるという思想を持っている限り、競争している訳ですから、
            我慢大会で人生終わってしまいます。

            解らないかなぁ・・・この意味。

            posted by: ummo星人 | | 00:00 | comments(6) | - |
            別れは究極の愛
            0

              よく、男女の脳は違くて、男は過去を引きずるけど、
              女性は過去を引きずらないといいますが、私は信じておりません。

              過去の出来事や恋は、矢張り忘れる事のできない事だと思っています。
              ただ、憶えていると不都合が生じるので、忘れた事にしているのだと思っています。

              あの人と、今付き合っていたら今はどんなだろう?
              叶わなかった恋が叶っていたら今はどんなだろう?

              やはり、考えると思うのです。

              現在進行形で進んでいる恋は、見えないけれど、
              振り返ってみて、あの時こうしていたら、私は今幸せだったかも知れないと思う事もあると思います。

              UMMO曰く、別れは永遠に答えの出る事のない愛であり、
              究極のものであると思います。

              しかし、もし、違う人生を歩んでいたとしても今以上に幸福である事はありえないのです。
              今、あなたが歩んでいる道は悩み苦しんで選択した、結果なのです。

              もっと言うと、幸福である、不幸であるという現象は、存在しない。
              今、進行形で「私は幸福である」と言った瞬間に幸せで幸運な人になるのです。
              なので、過去は良い思い出であればいい。
              忘れる必要もなく、今あるのはその時の経過のおかげである。

              現在進行形で「私は本当にラッキーで幸福である」と言い切ってみてください。
              本当にそうなります。

              posted by: ummo星人 | | 20:00 | comments(0) | - |
              知ることで足る
              0

                 私たちは、今資本主義のど真ん中で生きています。
                小さいときから、教育されるのも、一生懸命お金を得る為の知識や体力をつけている訳です。

                しかし、
                まもなく、この資本主義が崩壊すると知ったらどうでしょうか?

                資本主義は、物質を生み出す事で、生産と消費を繰り返す構造になっています。
                生産し続けなくてはならない社会に異論を唱える人も多いと思います。

                農耕民族である私たちは、食べていければ良いと言う遺伝子を持っています。
                高級なアクセサリーやスポーツカーでは、もう心が満たされる事にはならないのです。

                いくら財産があっても、矢張り心=「愛」が必要です。

                3人に一人が離婚する。
                32000人が自殺する。(今回の大震災の2倍の数字です)

                資本主義は、頑張って努力して、また次の欲望を追いかけてって頑張って・・・
                疲れます。

                つまり、この循環だと、愛がどんどん見えなくなるのです。

                結婚するパートナー選びに、年収と見た目といった具合に、
                その人の評価基準がそもそも、間違いです。

                「愛している」から結婚するのであって、

                資本主義で生き残れるか?が基準になっていたら、愛は全然見えなくなっていくばかりです。

                特に男性は欲望と愛を混同する性質があるようです。

                欲望と愛とでは西と東位の違いがあります。

                本当の愛を得たならば、誰でも引き換えに、全財産を手放す事は簡単な事でしょう。

                誰もが本当に愛ってなんだ?と血眼になって追いかけているけれど、
                考えれば、考えるほど、評価基準を作っているだけで、間違いを冒していくのです。

                自分の心から泉のように湧き上がってくる感情こそが愛です。

                言葉で構築された世界では、表現できない。

                愛するに理由を考えているのは、「愛してない」のです。

                言葉で説明しているだけに過ぎない、心がそこにないです。

                「愛してない」ものは「愛してない」と言ってみましょう。

                心が楽になります。

                愛そうと努力するのは、ただの「愛想」です。

                矢張り「愛してない」のです。

                もういい加減、愛する努力をやめてみませんか?

                「愛してない」一言言うと楽になれます。

                また、「愛している」と心から言えるのであれば、

                それを生涯言い続けてください、最強で最高の人生となります。

                posted by: ummo星人 | | 18:00 | comments(2) | - |
                陰陽と男女
                0
                  これも良くある質問です。

                  愛を疑わなかったカップルが、時を重ねる毎に
                  本当に私は愛しているのか?愛されているのか?
                  という疑問にぶつかります。

                  これは、男女が陰陽の関係である性質上仕方ありません。

                  【男性の場合】

                  愛 |−−−−−|−−−○−|本能

                  本能が9割、愛が1割を愛と思ってスタートします。

                  【女性の場合】

                  愛 |−○−−−|−−−−−|本能

                  愛が9割、本能が1割を愛と思ってスタートします。

                  ※愛と本能は、対極です。

                  これが、時を重ねると、段々逆転現象が起こってきます。

                  【理想的な愛の形】

                  愛 |−−−−−○−−−−−|本能

                  5割が愛、本能が5割りです。

                  これが、崩れると、こうなります。

                  【男性の場合】

                  愛 |−−−−−|−−−−○|本能

                  【女性の場合】

                  愛 |○−−−−|−−−−−|本能

                  こうなると、女性は決まって、

                  「私の体だけが目的だったのね!」

                  という事になるのですが、
                  男性にとっては、本能が愛だと信じていますから、

                  「そんな事はないよ!」

                  というギャップが生まれ、破綻します。

                  【理想的な愛の形】

                  愛 |−−−−−○−−−−−|本能

                  になる関係には、方程式があり、
                  己と一体になる、お互いに欲を追求しない事なんです。

                  相手の存在を愛する気持ちが持てれば、これ以上の事はありません。

                  女性が、欲よりも精神的なサポートを求めるのは、
                  当然の事なのです。

                  posted by: ummo星人 | | 01:03 | comments(1) | - |
                  愛は苦労を伴うもの
                  0
                    有料鑑定を申し込んで頂いている皆様はいつも疑問だと思うのですが、
                    運命式に「9の苦、終わり」が出ているから、「悪いもの」と感じている方もいると
                    思いますが、「9の苦、終わり」は消して悪いものではありません。

                    1,2,3,4,5,6,7,8,9の数字の要素は全て平等で、
                    プラスに働く(光る)、マイナスに働く(曇る)という性質があります。
                    特に「9の苦、終わり」は、「心で見る」という意味合いもあり、
                    例えばですが、

                    運命式が、

                    【二人の運命】
                    9・・・心で見る(苦、終り)
                    4・・・どどまる(心)
                    7・・・仕事する(愛)
                    5・・・反省する(悟)
                    2・・・想像する(人間関係)
                    9・・・心で見る(苦、終り)

                    このようになっている場合、一つの愛を守る為に、
                    最初と最後の「9の苦、終わり」が支えとなっているので、
                    命がけの恋愛パターンと言えます。

                    これは、愛というものの性質上、愛が強く出る場合、
                    苦労を伴う事を意味しており、
                    愛というものは、とても繊細であり強く、儚いものであるという、
                    要素を背負っている事が解ります。

                    例えれば、パートナーが虫に刺されたくらいで、自分まで痛くなってしまうような、
                    そういう因果関係になります。

                    愛というのは、強ければ強いほど、儚く、苦労を伴うものだと
                    いう事を憶えておいてください。

                    無難な愛は存在しません。
                    何もかもうまくいっても、それ以上にあなたの心を揺さぶり、
                    時には暴力的にも写るのが愛です。
                    posted by: ummo星人 | | 17:48 | comments(0) | - |
                    もっと最初の人生論
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                      よく、頂く意見なのですが、
                      UMMOのBLOGは難しいという意見です。

                      「己の好奇心を満たす存在が運命の人である」

                      とか、

                      「運命の人はあなたを束縛しないむしろ自由にしてくれる」

                      とか、

                      確かに、解りづらい表現かも知れません。

                      私が言いたいのは、

                      嫉妬心や、独占欲、欲望、刺激というものが、
                      愛ではなく、それは欲であって、愛ではないという事です。


                      むしろ対極にあるものである。

                      心まで愛してしまうと、欲望を超越して、
                      愛というものに、辿りつくのですが、
                      その微妙な違いに大きな差が生まれてきます。

                      愛を体験すると、同時に神の領域にたどり着く事になっています。

                      世界人類の人が、創造主と呼ばれる「神」の存在を信じているように、
                      愛というものは、存在しているのに、どうしても、
                      欲を満たしてくれる存在を愛と勘違いしてしまう。

                      そうではなくて、もっと単純に考えると、
                      言葉の語呂合わせではないのですが、こうなります。

                      愛=あい です。

                      神=かみ です。

                      「神」の母音を取り出してみてください。

                      か「あ」、み「い」となり。
                      あい = 愛となります。

                      実は、神と愛は同義語なのです。

                      実態が見えないけれど、誰もがその存在を信じているという共通点があります。

                      なので、愛を持つ人は、神がついている事になります。

                      「愛してる」という言葉の母音を取ると。

                      「アイイエウ」となります。

                      「愛言える」人という事になります。

                      人間は、その時の自分に最適な決断を悩み苦しみ、選択しています。
                      なので、過去の事を悔やむ事自体意味がないという事です。

                      それしか選択肢は無かった。
                      そして、今という時間がある。

                      悔やむ事自体無意味なのです。

                      むしろ、そういう選択をしてきた自分を許す事。
                      そして、そうさせた廻りの人々を許す事です。

                      そうすれば、霊性が高まり、次の幸運が待ち受けている、
                      想いが実現するという事です。

                      簡単な事ですので是非、実践してみてください。

                      posted by: ummo星人 | | 23:42 | comments(0) | - |