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宇宙の流れ
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    こんにちは!
    UMMOです。

    世界は、何かを特別なものとする事で、経済活動が成り立っています。
    我々も、人と人、人とモノを比べて、評価して、これは私にとって有益だ、不利益だ。。。
    と、私達は何かを常に評価して、裁いている訳です。

    これは、もう自動的にやっていて、
    それをしているという実感さえ(当たり前になってしまっていますので)ありません。

    昨今の時代の流れを見ていると、価値観が一夜にして、・・・というか一瞬にして変化する様を目の当たりにします。
    人間の心の世界を投影しているのが「この世界」だとふと気がつくかも知れません。

    この移ろい変化する感情や環境に、いちいち感化され、青くなったり、赤くなったりしていては身が持たない。
    ・・・ということで、ここにどっぷり浸からないで、他人の評価=自分、自分の評価=自分、という価値観から降りた(目覚めた)方が良いです。

    ただ、注意したいのは、あくまでも此等は、単なる現象であって、
    他人の心、自分の心は、他人や、自分のものではないどころか、存在もしていない。
    ・・・という事に気が付くこともまた必要かも知れません。

    全体(宇宙)が無ければ、あらゆる「心」は生まれませんし、その時のその人の出来事(ストーリー)によって自動的に起こって来ますし、それ以前に、心とはあくまでも「イマジネーション」であって、「実在していません」ので、人を責めるとか、裁くとかもやめたほうがいい。

    他人は存在していない、自分も存在していないとはこういう意味なのです。

    それは、起きている事(現象)で、存在しておらず、自我を守る為の恐れ、自他を評価する事からの行動だからエネルギーの無駄な消費活動になるし、これを続けている限りは、人を裁く事をより強め、自他を厳しく監視する事になる。

    よって、この恐れと葛藤はどんどん蓄積、強化されてしまいますし、何よりも問題なのは、自分の心がどんどん曇って行く結果になっちゃう事なのです。

    この実在しないものを真に受けて、自殺しちゃう人もいるくらいだから、昨今特にSNSが今問題になってますよね。。。
    これは良い事だから、これは悪い事だからという発想そのものが、「恐怖」から生まれるようになってしまう負のサイクルを繰り返す結果になる。
    ・・・という事なんですよね。

    根底にあるのは、恐怖と特別意識で、これは解っていてもなかなか、影響されないというのは誰しも非常に難しい事なのですが、そもそも、「それ」は全体が起こしている事で、自分のものでないばかりか、存在していない!という事を憶えておくと良いかもしれません。

    よろしくお願いいたします。

    ありがとうございます。

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    posted by: ummo星人 | - | 11:37 | comments(0) | - |
    「がんばらない」のは悪い事じゃない!
    0

      おはようございます。
      UMMOです。

      自粛解除という事になって、一気に社会が元に戻ろうとしていますが、
      これまで、よくこんな生活を続けていられたなー!

      ・・・と、これまでの常識の異常に気が付いてきた人も多いと思います。
      なんでも、競争、競争と追い立てられて、我慢の上に生活が成り立っているこの異常に。

      学校教育の大嘘に早く気が付いて欲しいと願う一人として、
      この社会は、人を幸せにしない教育の上に成り立っていて、今も尚、元に戻る事が幸せだと勘違いしているこの異常。

      これを契機に、自分の本当の気持ちに気が付いていくしかないと思うのです。

      「成功しなきゃだめだ!」という古い価値観を捨てて、役割は役割として確信的に役割を演じている事に気づいていればいいのですが、役割と自分を同化してしまっているのが異常なんですよね。

      人を蹴落として、人より裕福になるってのは、本来同じ一つの’ひかり’から見れば、自分が成功するという事は、他人を不幸にしている=自分も不幸にしているという事なんですよ!

      ありとあらゆる役割は、役者と同じですので、仕方ないのですが、これはドラマだという意識を持って一週間過ごしてみてください。
      いままでしてきた苦労が、馬鹿らしくて笑えて来ます。

      がんばった苦労の先に幸せが待っているという大嘘と、役割に埋没し、役割に同化している深刻さの中で、生きるこの馬鹿馬鹿しさ。

      いつも「今」のポインターを「いい気分」に合わせること、連続した瞬間「今」いい気分にならなければ、一生「いい気分」を体験する事が出来る筈がないのです。

      幸せとは、相対世界の中にあるものではなくて、本来の自分=’ひかり’に戻ることです。
      子供のころは、誰もが幸せだったんです!

      これをしてはいけない、これは良い事?悪い事?と問われていく中で、見えなくなった幸せと「愛(自由)」を取り戻したいものですね。。。

      ありがとうございます。
       

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      posted by: ummo星人 | - | 11:22 | comments(11) | - |
      本当の自分
      0

        おはようございます。
        UMMOです。

        毎日、嫌な仕事に行って、毎日、なんか違うな!って思って暮らしている。
        これが、正直なところの自分の気持ちです。

        これについて、「でも・・・」
        「でも、このまま何も無かったかのように、暮らしていればそんな大変な事は起こらないだろう!」
        という思考が働きます。

        次に、
        「だって・・・」
        「だって、私より不幸でストレスフルな人はいっぱいいるし、そんな人だって俺より頑張って楽しそうに生きているじゃないか!」

        そして、
        「だから・・・」
        現状を維持すればいいんだ。

        と、「でも」「だって」「だから」というサイクルを続けて、数十年!

        その一方で、UMMOとしての生き方。
        この世は「無」で、「自作自演の茶番劇だ!」
        「私が見ているこの世界はは、変えられないカルマによる幻想に過ぎない!」
        「全て決まっていて、自分でできる事は何もない!」

        という確信のようなものもある訳です。

        この矛盾した、2つの思考が行ったり来たりして、なんとか生きています。

        さて、どちらが私にとっての「本当の自分」でしょう。。。

        こんな事を考えていたら、過去の友人の事が思い出されました。

        1人は、小学生の時に転校してきた、Y君。
        私が、信じられないようなイジメに遭っていた時に、荒れ果てた学校に転校してきたこの方は、僕に相対的なものを教えてくれました。

        Y君は、僕よりもっと不幸に見えました。
        なんと、片親で、いつも親は不在、精神障害とされていて、お姉さんに面倒を見て貰っている状態。
        それと、僕よりもすっとずっと激しいイジメを受けている。

        「この人に比べれば、僕なんて全然裕福だし、人格も上、生活も僕の方がマシだし、幸せだ!」と思いました。
        そのY君とは、未だにお付き合いをさせて頂いているのですが、僕はこのお方を「人生の師匠」だと思っています。

        Y君の名言
        彼女の居ないY君は、給料の殆どを給料日にキャバクラで殆ど使ってしまうのですが・・・
        僕が「お前は馬鹿か!?毎回給料日に電話掛かって来て、そもそも彼女だと言われて、その女の子は他にも沢山の人に自分はあなたの彼女だと言っている!騙されているじゃないか!」と言うと・・・

        「この世には男と女しかいない、だから困っている。それ以上のものが無いから困っているんだよな!」
        と言いました。

        それが20代の時で、何度かのリストラを経験したY君は、現在、その日暮らし的な仕事をしながら、
        忙しすぎて、月に数度しか会えない看護婦さんの彼女と結婚、下町のマンションを購入して、拾って来た数十匹の猫と暮らしている。

        一般的には、羨ましくもなんともない生活をしているのだが、今の僕の視点から見ると、それでも僕より幸せそうに見える。

        もう一人というか、複数の友人関係

        これは、ゲーム業界に入る前に出会った世界で最初のゲームクリエイター養成学校の生徒の親友達。

        任天堂を初めとする、ゲーム黎明期を支えたメンバーだ。
        その大半の人が、今はもう、ゲーム業界には居ない。

        ゲームを一本作るのには大体1年から2年掛かる。

        そのプログラムの行数、数十万〜数百万行・・・
        もう、30歳には、疲労困憊して殆どの人が「引退」する業界だ。

        因みに、小学校、中学校の同級生で、システム系の会社に入社、東大を卒業後、データベースを開発してリリース日の翌日に20代で過労死している。
        僕はこの日から、IT業界を全てブラック企業だと思っている。

        話は戻るが、ゲームクリエイター養成学校で出会った人の共通点。

        そこそこのゲームを世に送り出した人の大半は、全然違う業種に転職している。

        一人はバスの運転手、もう一人は空手選手、もう一人は会社の一階にいたコンビニの店員さんと結婚してなんとなくサラリーマン。
        一番特徴的な人は、任天堂から、劇的な出会いを経て、年上の女性と世界を旅して未だに戻って来ないO君・・・

        クリエイティブな世界に一旦身を置くと、誰もが経験するのかも知れない。
        一種のトランス状態だ。

        僕も、プログラムを書いていた時、記憶が無くなって、何もした記憶がないにも関わらず、いつの間にか完成していた記憶がある。
        その間は、自己喪失の体験だった筈だ。

        その後、燃え尽き症候群的な症状があり、実家に帰省。
        助けに来てくれたのは、今年亡くなったあの方だ。。。

        その後、余生だと思って、一番安定していると思われる大企業に呼ばれなんとか生計を立てているが、僕はこの事を振り返ってこれが、「色即是空」だと思っている。

        決して、「わからない」のが人生だということ。
        「わかったら」それは、人生ではないということ。

        そして、「わかった」というのは、全て思い込みで、存在していないどころか、実在ではないということ。

        つまり何が言いたいかというと、「決してわからない」がゴールなのです!

        なので、私達は、何処かに本当の自分というものがあって、それが自分の欲求が満たされたり、達成された時に本当の自分に辿り着けると思っている。

        ・・・が、既に「ゴールに辿り着いている」という事で、今の「これ」がゴールであり、「これしか存在し得ない実在」であるということ。

        この「実在」を見えなくしているのが、「今の自分じゃ駄目だ!」という思い込みにある。。。

        【結論】

        「実在」とは、全てを包括するエネルギーである。
        この「実在」は、決してわからない存在であるが、「わからないまま」にしておくと勝手に答えをくれる’ひかり’だということ。

        既に自分はゴールに辿り着いている事を私たちは知らない、だから一角の人間として認知されようと必死になっている。
        これは、自分が「愛」そのものだという事に気づかないように、自らがリクエストしているエゴの策略なんだ。

        ちょっと私のストーリーからの話になってしまいましたが、今を時めく「ユーチューバー」を見ていて、
        あの時の、人気ナンバーワン職種であった「ゲームクリエイター」と、今の「ユーチューバー」はよく似ている。

        なので、なんとなく振り返ってみたくなりました。

        皆さんが、何かに迷った時、その迷いに立ち向かうのではなくて、自分の人生を愛にお任せしてみてください。
        その愛の扉は「わからない」という実在に対しての問いかけであり、「わかりたい」と願うだけで良いのです。

        ありがとうございます。

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        posted by: ummo星人 | - | 08:32 | comments(2) | - |
        ’ひかり’=心しかない
        0

          こんにちは!
          UMMOです。

          様々な記事をこれまで、書いて来ましたが、BLOGを読んで頂いても尚、ご鑑定の依頼が来るということの理由として、「・・・で、どうしたらいいのですか!?」という疑問から生じたものである事が解っています。

          自分の体験談や、私の場合はこうだったから、こうすればいいのではないですか!?というお話は幾らでも出来ますが、そもそもの課題や、お悩みの解決方法は、それぞれの環境や、視点によって異なって来ると思います。

          悩みや問題が発生する仕組みの根幹は、この世が「恐れ(自我)」からの視点でしか観れないようになっているという事だと思います。

          自分を高めなきゃ、あの人に比べて私は・・・と、私たちは一日中「何か」をジャッジしています。
          外を見て、評価、論評をするのも、自分をそこと照らし合わせて、評価、論評して、ハッピーだとか、ツイてないとかやっていますよね?

          これこそが、悩みの原因であり、苦しみのシステムなのですが、そこから抜け出したくて、様々な情報を集めたり、学習、勉強、体験を重ねていっても、相変わらずゴールが見えず、納得のいく結果も出ないで「・・・で、どうしたらいいのですか!?」が、ずっと続いていると思います。

          その原因は、思考の根幹にあるものが、「恐れ」だからなのです。
          この「恐れ」から出たエネルギーから行動している以上、このサイクルはずっと続いてしまいます。

          「恐れ」を手放した時に、初めて「悦び」からのエネルギーをキャッチできるようになり、「悦び」から出たエネルギーから行動した結果には、疑問が生じません。

          本来は、’ひかり’=心しかない世界の中で、わざわざ「恐れ」という暗闇を作って、そこに向かって努力しようとするから、迷いが生じている訳で、「・・・で、どうしたらいい!?」という思考が出てきたら、それは「恐れ」から出たエネルギーから行動した迷いだという事に気づき、※手放してみてください。

          ※自分の行動のポインターを「悦び」から出ているエネルギーに合わせることです。

          すると、これまで「恐れ」から出たエネルギーで人生を設計して、生き、無駄な努力(幸せに繋がらない努力)を重ねて来た事に愕然とするでしょう。
          殆どの自我は、恐れを基盤に行動をしているからなのです。

          「自我=恐れ」と言い換えても寸分、違わないと思います。
          是非、恐れから来るエネルギーに対しては、反応せず、悦びからくるエネルギーに対してだけ反応してみてください。

          それでも、自我は、巧みに「恐れ」を永遠に創り出しますが、騙されてはいけません、それが起きていない妄想だからです。
          創造力豊かな人ほど、数多くの恐れを創り出しますので、そういう人は、ちょっと鈍感になった方が良い。

          そもそも、’ひかり’しかない世界に、闇である、恐れは「存在していません」
          全ての不安は、これまで、学習した思い込みであるところの「自我」が創り上げた、「恐れ」のねつ造なのですよ!

          悦びは、’ひかり’そのものであり、本来の実在は、’ひかり’=心しか存在していませんので。

          よろしくお願いします。

          ありがとうございます。
           

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          posted by: ummo星人 | - | 15:36 | comments(6) | - |
          空に触れてしまえは、あとは言葉遊び
          0

            こんにちは!
            UMMOです。

            最近、阿部敏郎さんのブログから、NIKE瞑想をやっているのですが、
            その日によって、自分のコンディションが全然違うのに気づきます。

            思考が止まらない日もあれば、瞑想に入っていけないで、逆にイライラする事もある。
            常に冷静に淡白になんて、無理なんだなぁとつくづく思う次第です。

            個人が、自分の思考を操ろうとすること自体に無理があるのだと思います。
            嫌な気分を紛らわせたり、他の事を考えて思考を変える事は簡単でも、瞑想から思考を放っておくというのは結構その日の体調や状況に飲み込まれてしまって、なかなか思うように瞑想できないものです。

            タイトルの通り、一旦※禅定(ぜんじょう)に入ってしまえば、この思考がただの言葉遊びでどうでもいい感じになるし、実際それこそが真実だと確信するのですが、毎日瞑想したとしても、禅定に入れたのは、月に1,2度あれば、良い方だなぁと感じています。

            ※思いを静め、心を明らかにして真正の理を悟るための修行法。精神を集中し、三昧(さんまい)に入り、寂静の心境に達すること。

            それで、ああ!って気づいたのですが、この禅定って、男女関係に似てる!

            最初は、言葉の世界で始まる恋愛と同じで、情報から入ったり、想像から入るじゃないですか!
            それが、関係が深くなっていくと、もう会話も無くなっていきますよね。
            これだ、これ。

            お互いが信頼して、もうこれ以上ないな!って思うと会話が無くても何を考えているか?解る。
            空の次元って、繋がっているから、深く瞑想に入っていくと、物凄い洞察が勝手に働きますよね?

            空の次元に入ると、もうあとは暇つぶしみたいなもので、よく会話が無くなったカップルなんかを見てみると、想像とか新しいトキメキなんかが薄くなるから、なんか相手を観なくなってきます。

            無理矢理、ネタを持ってきて会話を成立させようとする人も居れば、ただ安心して寛いでいる人もいる。
            だから、探求の中に居る人は、空にあえて触れようとしないのかもしれません。

            好奇心や探求、比較は全部、ファンタジーで面白いものだから、止めたくないってのが潜在意識で起きているように思うのです。
            そうか!皆、悟りたくないんだ!って、、、

            恋愛と全く一緒で、お互いに駆け引きとか、サプライズがある内は面白いですよね。
            スピリチュアルがファンタジー(恋愛)の世界だとすると、禅は「愛」の世界!

            って勝手にまた解釈している自分がいるのです。

            ありがとうございます。

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            posted by: ummo星人 | - | 13:45 | comments(0) | - |